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長崎地方裁判所 昭和42年(行ウ)1号 判決 1969年2月05日

原告 池田房治

被告 長崎税務署長

訴訟代理人 島村芳見 外五名

主文

被告が、昭和三八年九月一三日付で、原告の昭和三六年度分の所得税の申告に関してなした無申告加算税の賦課決定処分は、これを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文一項と同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、被告は、昭和三八年九月一三日付をもつて、原告の昭和三六年度分の所得税について、原告が確定申告書を提出しなかつたとして、同年度所得税金七〇七万八〇〇〇円の賦課決定をなすとともに、無申告加算税額金一七六万九五〇〇円の賦課決定をなし、その旨原告に通知してきた。

二、そこで、原告は昭和三八年一〇月一一日被告に対し異議の申立てをなしたところ、異議棄却の決定がなされたので、昭和三九年一月一二日福岡国税局長に対し審査請求をしたが、昭和四一年一一月一日被告のなした課税処分を一部取消し、原告に対する所得税額を金四三九万三〇〇〇円、無申告加算税額を金一〇九万八二五〇円とする旨の裁決がなされた。

三、ところで、被告のなした無申告加算税の賦課決定は旧所得税法(昭和二二年法律第二七号、昭和三七年法律第六七号による改正前のも。)のによるものであるところ、同法第五六条三項三号によると、無申告加算税が賦課されるのは、「法定期限内に確定申告書の提出がなかつたことについて正当の事由がないと認めたときに限るものである。しかして、原告は昭和三六年度分の所得税の確定申告書を法定期限である昭和三七年三月一五日までに提出しなかつたものであるが、原告が右法定期限までに確定申告書を提出しなかつたことについて、次のとおり正当の事由がある。

(一)、原告は不動産業を営む者であるが、その事業の一環として昭和三四年一二月一九日、訴外長崎土地建物株式会社に対し、長崎市大黒町四〇番イ宅地一五〇坪三合八勺外二筆の土地に対する換地である長崎駅南区八街画六番宅地一四八九・八九平方メートル(以下本件土地という。)を譲渡担保として、金一〇〇万円を、弁済期昭和三五年一二月末日の約で貸しつけた。ところが、訴外会社は右弁済期までに右債務の履行をしなかつたので、原告は本件土地について完全に所有権を取得した。

その後、原告は昭和三六年中に右土地の一部を他に売却したが、右土地の所有権を取得した後右売却までの間、資金繰りや後日の紛争防止等のため多種多額の出費をした。

(二)、しかして、原告はもともと税法に通じていなかつた上、右出費のどの部分までが、右土地の取得売却に要した費用として認められるか極めて判りにくかつたので、昭和三七年二月ごろ、昭和三六年度分の所得税の申告指導ならびに納税相談を担当していた長崎税務署の係官に対し、原告の総所得金額等の計算に必要と思われる領収書、契約書などの書類を提出して、その申告指導を受けていたところ、右係官は十数回にわたり原告の説明を求め、かつその調査を行なつてくれたので、原告は昭和三六年度分の所得税については、すべて同係官の指導にしたがつて確定申告する準備をしていた。

(三)、ところが、計算が複雑であるためかいつまでたつても結論が出ず、結局、昭和三七年二月一五日直前になつて、同係官から「係長とも相談した結果、大黒町の土地が全部売却できてから所得税は決めましよう。」といわれ、同年四月になつてから同係官に預けていた書類全部が返戻された。会社は右弁済期までに右債務の履行をしなかつたので、原告は本件土地について完全に所有権を取得した。

(四)、そこで、原告は前記の如き税務署の係官の指導にしたがい、前記土地全部の売却ができてから確定申告等の手続をすればよいものと考え安心していたところ、昭和三八年九月一三日に至り、突然一に記載したとおり被告より無申告加算税等の賦課決定の通知を受けたのである。

(五)、もともと、申告指導又は納税相談なるものは、税法が極めて複雑多岐にわたるため、一般国民にはその理解が困難である一方、国としても申告納税制度の趣旨を貫き、もつて国家財政の基礎を確立する必要のため納税者に対し正しい申告ができるよう指導していくものであつてその指導につき何らの責任を負わない単なるサービスとみることはできない性質のものである。

また、右申告指導の実態も、納税者が確定申告時期に資料を持参して指導を受ければ、所得額等を計算してくれるなど納税者としては単に確定申告書に署名捺印すれば足りるほど行き届いた指導を行なつている。

(六)、右のような申告指導の趣旨および実態と原告が受けた申告指導とを考えあわせるときは、原告が申告指導にしたがつて、前記土地が全部売却できてからその所得税の申告をすれば足りるものと考えたことは至極当然のことである。したがつて、原告が確定申告書を法定の期間内に提出しなかつたとしても、それは前記係官の申告指導によるものであるから、原告が確定申告書を法定期限内に提出しなかつたことについて何らの責を負うべきいわれはない。

四、よつて、裁決により変更された限度で存在する被告の前記決定は法違であるからその取り消しを求める。

被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、請求原因一の事実は認める。

二、同二の事実のうち、原告主張のとおり原告から異議の申立てがなされたこと、福岡国税局長の裁決がなされたことは認めるが、その余の事実は否認する。

原告の異議申立ては、原告の同意を得て昭和三八年一二月二八日審査請求に移行したものである。

三(一)、同三の冒頭の事実のうち、正当の事由があるとの点は否認し、その余の事実は認める。

(二)、同三の(一)の事実は認める。

(三)、同三の(二)の事実のうち、原告が申告指導を受けたことは認めるが、その余の事実は争う。

(四)、同三の(四)の事実のうち、被告が原告に無申告加算税を賦課したことは認めるが、その余の事実は争う。

(五)、同三の(三)、(五)、(六)の各事実は争う。

証拠関係<省略>

理由

一、請求原因一の事実は当事者間に争いがなく、<証拠省略>ならびに弁論の全趣旨によると、原告は昭和三八年九月一三日、被告より昭和三六年度分の所得税ならびに無申告加算税の賦課決定の通知を受けたので、同年一〇月一一日、被告に対し右決定に対する異議の申立てをなした(この点当事者間に争いがない。)ところ、被告において審査請求として取扱うことを適当と認め、原告の同意を得て審査請求に移行させたので、福岡国税局長は審査の結果、昭和四一年一一月一日、被告のなした前記の昭和三六年度所得税ならびに無申告加算税賦課決定を一部取消し、無申告加算税額を金一〇九万八二五〇円とする旨の裁決をなした(この点当事者間に争いがない。)ことが認められる。

二、しかして原告が昭和三六年度分の所得について、確定申告の法定期限である昭和三七年三月一五日までに確定申告書を被告に提出しなかつたことは当事者間に争いのないところ、原告は右確定申告書を提出しなかつたことについては正当な理由があるから、被告のなした本件無申告加算税賦課の決定は違法であると主張するのでこの点について判断する。

昭和三七年三月当時施行の旧所得税法(昭和二二年法律第二七号、同三七年法律第六七号による改正前のもの)第五六条三項によると、無申告加算税額の徴収は、納税義務者が法定期限内に確定申告書を提出せず、かつ、同確定申告書の提出がなかつたことについて正当な理由がないと認めるときに限りなしうるものとされているところ、右法条にいわゆる「正当な理由」とは、無申告加算税が租税債権確定のために納税義務者に課せられた税法上の義務の不履行に対する一種の行政上の制裁であるところからすれば、かような制裁を課することを不当もしくは酷ならしめるような事情を指すものと解するのが相当である。

そこで、本件において右のような事情が認められるかどうかについて考えるに、原告は、昭和三四年一二月一九日、訴外長崎土地建物株式会社に本件土地を譲渡担保として金一〇〇万円を、弁済期昭和三五年一二月末日の約で貸しつけたが、訴外会社が右弁済期までに右債務の履行をしなかつたので、原告が右期日の経過により右土地につき完全に所有権を取得したことは当事者間に争いがなく、<証拠省略>ならびに弁論の全趣旨を総合すると次の事実すなわち、

原告は昭和三六年五月一九日本件土地の一部である二四四坪を訴外十合不動産株式会社に金三二六二万八〇〇〇円で、また同年九月には長崎市駅南区八街画七番のうち一九坪六合六勺を訴外古瀬早苗に金一一〇万円でそれぞれ売り渡したが、本件土地については、形式上、長崎土地建物株式会社から訴外小柳正満に、同人から訴外三浦勝太にと順次所有権移転登記手続がなされていたため、訴外十合不動産株式会社らに対する所有権移転登記も、訴外三浦勝太から直接その手続をなしていた。そのため。被告は訴外三浦勝太に右売買による譲渡所得があるものとして課税すべく調査していたが、原告が本件土地に関係していたところから、原告より事情を聴取すべくその出頭を求めたので、原告はこれに応じ、昭和三七年二月上旬ごろ長崎税務署に出頭し、その際、本件土地は原告の所有であつて、訴外十合不動産株式会社および訴外古瀬早苗に本件土地を売却したのは原告であるから、原告に課税するよう当時長崎税務署の担当係員であつた訴外山口三夫に積極的に申し出たこと、そして、その際、原告は所得税申告の手続について十分な知識を有しないところから従前から所得税の確定申告をするにつき、長崎税務署の担当係員より申告指導を受け税務署の係員に事実上その申告義務を代行してもらい、係員からの指導のままに確定申告書に署名、押印してその申告手続をなしていたところから、昭和三六年度分の所得税の確定申告するについても、係員の申告指導を受けて従前と同様の方法で申告しようと考え、税務署の係員である訴外山口三夫に右課税の計算に必要な書類を持参し、これを同人に預けるなどしてその申告指導を求めたこと、ところで、原告は原告において取得した本件土地を全部他に売却する予定であつたところ、昭和三六年中に売却できたのは、前記十合不動産株式会社と古瀬早苗に売却した部分のみであつたことと、原告がその所有権を取得するまでの経緯ならびその後右売却に至るまでの権利関係が極めて複雑であつたため、その経費の計算や課税所得の計算が複雑となつていたのと、また本件土地の残りの部分の売却も早い時期にできるであろうことが見込まれていたため、右訴外山口において、右の如き事情を考慮の上、原告に対し本件土地の残部が全部他に売却されてしまつてからその所得全部をまとめて計算して所得税の申告をすればよい旨説明して、原告より預つていた前記関係書類を原告に返還した。そこで、原告は同訴外人の指示どおり本件土地が全部他に売却されてからの所得税の申告をすればよいものと信じ、昭和三六年度分の確定申告書の提出期限である昭和三七年三月一五日を経過しても本件土地の残部が売却できなかつたので、昭和三八年九月一三日本件無申告加算税等の賦課決定の通知を受けるまで、昭和三六年度分の確定申告をしなかつたものであること、の各事実が認められ、証人山口三夫の証言中、右認定に抵触する部分はたやすく措信できない。

もつとも、申告納税方式による所得税の所得については暦年計算によるのであるから、その計算が複雑であるからといつて、翌年度以降に、その所得と一括して申告してよいというようなことを果して税務担当官である訴外山口三夫が述べたか疑問も存するが、証人波多野顕の証言によると、税理士である同人も昭和四一年ごろ長崎税務署の係員から前記と全く同趣旨の説明を受けたので、税法上暦年計算になつているのであるから、そのような指導をしてもらつては困ると注意したことがあつたことが認められるから、訴外山口三夫が前記認定のような考えを有していて、その旨原告に説明したこともあながち有り得ないことではなく、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

以上認定した事実と申告納税制度は本来納税者が税法の仕組についてある程度の理解を前提とするものであるが、税法の内容が複雑であるため、多くの納税者は税務係員の指示に頼つている実状を併わせ考えると、原告が期限内に確定申告書を提出しなかつたのは誠に無理からぬところであるといわざるをえないのであつて、従つて、右確定申告書の提出がなかつたことを理由に、これが税法上の義務の不履行にあたるとして行政上の制裁を課することは原告にとつて極めて酷であるといわなければならない。

そうすると、原告が昭和三六年度分の所得に関して確定申告書を提出しなかつたことについては正当な理由があつたというべきであつて、これが提出されなかつたことを理由になされた被告の本件無申告加算税の賦課決定は、その点において違法であるといわなければならない。

三、よつて、本件無申告加算税賦課決定の取消しを求める原告の本訴請求は正当であるのでこれを認容し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原政俊 池田憲義 小林昇一)

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